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2006年5月

2006年5月31日 (水)

農作業も一段落

 明日から6月、早いですね。

 近所の水田の田植えも一段落したようです。今は、機械で少人数でやってしまっていますが、私が子どもの頃は、田植え時期は、お祭りのような人数と騒ぎでした。私でさえが、大切な農作業のメンバーでした。

 でも、あの風景は、もう昔の戻っては、こない風景ですね。

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「境界に生きた心子」読みました

本を読ませていただきました。
 凄まじい人間的交流の中での「愛情」「喜び」「憎しみ」「無力感」、自殺後の「開放感」、ひとつひとつの稲本さんの感性を、事実として受け止め読みました。自分自身の身近にも今も展開している現実と重ね合わせながら読みました。
 それは、苦しく、途中で止めようかとも思いました。しかし、読みました、同時に癒しでもあったからです。

>境界例の人と連れ行く人たちやこれから出会う人たちが、境界例に心を用いることによって、お互い無益ないさかいができるだけ減っていくことを切望している。そしてこの先も境界例の治療研究が進み、臨床の経験が積み上げられていくことを衷心より祈っている。(「あとがき}-1より引用)リンク

 同感です。この本が、稲本さんの切望を実現する本になることを私も祈ります。

2006年5月30日 (火)

夕焼け 5月29日撮影

 昨日は、夕焼けが本当に綺麗でした。

 自宅前からの里山の夕焼けです。

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2006年5月28日 (日)

「境界に生きた心子」読みます

 「『明日の記憶』」観に行きます」へのコメントありがとう御座います。
 ご紹介いただいた書籍も早速注文しました。ホームページの作品紹介は読ませていただきました。

境界に生きた心子 Book 境界に生きた心子

著者:稲本 雅之
販売元:新風舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 私の家庭は、今は、少し落ち着きましたが、感情の激変、神のように崇める、奴隷のように...等、理解できない行動に夫婦共に疲れ果て希望を全く失った日々もあり、そのことを思い出しました。

>境界例や人格障害を詳述した本は、一般向け,専門書とも多数出ている。拙著を読まれた方が境界例に関心を持たれ、それらで理解を深めていただけるとありがたい。拙著は心子という一人の女性が、この世に生きた証を残すことが第一の役割だと思う。(「境界に生きた心子」 あとがき2より引用)リンク

 精神科医、心理カウンセラーによる書籍は、多いですが、直接の交際相手であった方や家族による書籍は意外と少なく、この書籍の内容は、大変興味があります。しかし、同時に関係者が読むには刺激が強すぎるという点も確かにあると思います。
 でも、勇気を出して読ませていただきます。

「明日の記憶」 観に行きます

 まだ、本も映画も観ていません。田舎なので映画は、6月24日からです。でも、必ず見に行くつもりです。身近に障害者の方が多く、境界例傾向の子どもとも短い間でしたが一緒に暮らしたことが在ります。

明日の記憶

>人は独りでは生きていけませんよね。そして、人は「生きている」ことが大切なのだと、作品は訴えてくるようです。(「境界に生きた心子」 「明日の記憶」よりリンク)

 ですから、この言葉に大いに共感すると同時に、大きな困難さも感じます。

 つい数ヶ月前に自分自身が頭蓋没陥没、脳挫傷、くも膜下出血の怪我をし、思考の困難さを経験しました。重傷でしたが、運良く短期間で復帰が可能でした。それでも、多くの仲間の支えなしには、無理だったと思います。

>ここぞという場面では、不安定なカメラワークで観る者の神経を揺さぶり、面目躍如というところです。主人公が自分の居場所が分からなくなるシーンなどでは、混乱する精神状態と襲いかかる恐怖を、見事な演出で表現していました。(「境界に生きた心子」 「明日の記憶」よりリンク)

 映画としては、上記で述べられている点がに関わるシーンや演出が楽しみですね。

2006年5月10日 (水)

ロズウェル

 近頃、別のSFテレ部映画にはまっている。

 説明によれば、「アメリカで起きたUFO墜落事件で有名になった町を舞台に高校生たちの青春を描いたSFラブロマンス」

とのことだが、異性人の存在の面白さを素材に、心の交流、家族問題を取り上げているところがなかなか迫力がある。

ロズウェル(7)

2006年5月 7日 (日)

アジ??

 久しぶりに懐かしい気分を味わった。いわゆる「アジ」=アジテーション を観たのだ。学習会なのにアジを観たというのも変な表現だが、そのようなイメージだった。

 アジテーション とは、辞書では「社会運動で、演説などによって大衆の感情や情緒に訴え、大衆の無定形な不満を行動に組織すること。アジ。」 と云うことらしいのだが、まさに、「感情や情緒」に訴えると云うのに当てはまっていた。

 その荒っぽさが実に印象的で懐かしかった。もう、私にはあのようなエネルギーは無いが、彼の情熱だけは、伝わってきた。

2006年5月 4日 (木)

テレビ番組の時間帯

 どうでもよいことだが、気分が悪い。テレビの時間帯の変更だ!気に入った番組ほど録画してみる場合が多い。ところが、長くなったり、始まりが変更されたり、肝心の部分が観れないのだ。野球の時期は特に多い。

 テレビ局に断固として抗議したい。番組の時間の変更は、止めてもらいたい。どうしても長くなる場合は、コマーシャルをカットすべきだ。その方が提供会社のイメージも上がるはずだ。

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